teepeeのニッッキ

ただ毎日、暮らしています。その日記。備忘録。思ったこと。

日記3

ここ2週間くらいで結構、本を買ってしまった。たまった本がうっとうしくなったので、10冊くらい売る。これで蔵書は10冊くらいになる。本当はもっと減らしたい気分だけど、また欲しくなりそうだなーという本ばかりなのでしかたない。本は買わず、図書館生活をしようと思う。

 

『『罪と罰』を読まない』

 

会話だけで推理が進んでいくミステリーを読んでるみたいで楽しく、それぞれが好き勝手にしゃべっている感じが楽しく、読んでいない本を語るという無責任さ、ほっぽり出した感が楽しく。

小説を楽しく読むヒントになる本でした。

 

 

 

 

日記2

部屋にこもって本を読む。それが一番の幸せだなー。と思う寒い一日。

 

 読んだページ数が1日の充実度である。

読んだ本の数が1ヶ月の充実度である。

 

『扉は閉ざされたまま』石持浅海

 

ミステリはすぐに読めて楽しいけど、連続で何冊か読むと疲れるというか、お腹いっぱいになるなー。という本の内容とは関係ない感想。

 

 

扉は閉ざされたまま (祥伝社文庫)

扉は閉ざされたまま (祥伝社文庫)

 

 

 

 

日記1

今日は、近くの温泉に行く。サウナに入りながら、さっき読み終わった小説の内容を思い出したりする。

帰りに図書館に寄ってその小説を返し、借りる本を選んで帰る。

そんな仕事のない日の午後。

 

シンセミア阿部和重

 

それぞれの思惑を持つ登場人物が好き勝手に動いて、同時多発的に事件が起こる。

読めないゴタゴタの展開に押されて、どんどん読み進める。みんな癖のある登場人物で、ろくな人間はほとんど出てこない。こういうゴタゴタ劇、おれは好きだなあー。

いい読書が出来た。

 

本は教訓とか、何かメリットを求めて読んではいけないね。小説に限らず。

大抵、何にも残らないから。ただ、読んでるその瞬間が楽しいか、充実してるかが重要。それも、本の内容が面白い、面白くないとは別に、本を読んでるという行為や状況が楽しいかが重要。(つまんない本も楽しく読む!)そんなことを思った。

 

 

シンセミア〈1〉 (朝日文庫)

シンセミア〈1〉 (朝日文庫)

 
シンセミア〈2〉 (朝日文庫)

シンセミア〈2〉 (朝日文庫)

 

 

 

雑記

主体的である。かと言って自己中心的になるでない。「自分」にとってどうか、「自分」はどう振る舞うべきかを大切にする。しかし、独りよがりになるのでなく、周りを見ながら自分の振る舞いをする。

それと同じように、情報や、知識、外から入ってくるもの何でも、自分に引きつけて考える。「自分」にとって、その情報や知識は何なのか。それを「自分」がどう解釈するか。しかし、それは独りよがりな解釈をすらということではない。ある知識を得て、自分はその知識に基づいて、生活の中で、どう実践するか、どう行動するかということ。自分の現実と結びつけて考えるということ。

 

欲を否定しない。かと言って肯定もしない。ただ、どうしてその欲を持つのか吟味すること。欲の前で冷静でいること。自分が真に何を求めているのか考えること。 

 

常に「今」生きるということをテーマにすること。何かのためでなく、ただ生きること。

 

読むだけ禅修行 (朝日新聞出版)

読むだけ禅修行 (朝日新聞出版)

 

 

 

 

やめたい習慣

1お酒

充実した日、疲れた日、ストレスを感じた日、天気が良かった日等は1日の締めにビールが飲みたくなってしまう。つまり、ほぼ毎日、飲みたくなる。そして、飲んでいる。

飲み始めると、加減知らずでガブガブ飲んでしまうことも多い。

 

2ゲーム

テレビゲームが無性にやりたくなる時がある。やらなくていい時は全然、やらなくていいんだけど、やり始めると毎日、ずっとやってしまう。

 

3スマホいじり

ちょっと手持ち無沙汰になると、すぐスマホいじる。やることはヤフーニュース見たりとか大したことはない。

 

4どか買い

大食いというわけではない。早食いではある。ご飯2杯食べちゃうときも多い。

 

お酒は、代わりに炭酸水を飲むようにする。

ゲームやスマホは、ふとした空き時間にやってしまうから、空き時間には筋トレとか、ストレッチとか。意識高めで。それかただ、ぼーっとする。窓の外の景色を眺める。

そして、家の中ではスマホは携帯しない。

ご飯はよく噛んで食べるようにしよう。野菜から食べよう。

プア充を目指す?

規則正しく暮らす。

平々凡々と暮らす。

簡素に暮らす。

 

『プア充 高収入は、要らない』島田裕巳

 

自分には、高収入は要らない、じゃなくて期待できないという感じなのだけれど。そして、本の中では年収300万が十分だとされてるけど、もともとそのくらいの給料なのだけれど。

お金はあればあるだけいいと思うけど。もらえるならもらえるだけ欲しいけど。

 

でも、生きてくのに十分あればそれでいい。そうは思う。

ただ、どれくらいが十分なのかっていうのは、考えてみなくてはいけないことである。

 

本の中では、人間関係を大事にしろよって言ってるけど、それが一番出来ない。

人と仲良くなることができない。地域の活動は煩わしい。大して仲良くない人と会話ができない。世間話が苦手。

 

「外食をしない」「規則正しい生活をする」「ストレスをためない」というのがプア充生活のポイントとして出てくる。これは確かにそうだと思う。そして、俺がこういう生活をすると、「飲み会に行かない」「休日は家から出ない」「人となるべく関わらない」という自己完結型の生活になる。

うん。それが一番したい生活ではある。

 

 

プア充 ―高収入は、要らない―

プア充 ―高収入は、要らない―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他者の目を気にする私

内面化された他者の目に煩わされる。

自分の思った通りに振る舞えばいいと、何も気にせず振る舞えばいいと思っても、こんなことしたら変だとか考えてしまう。

 

マナーとか、常識とか、道徳とか、そういうものって「みんな」が便利に生きてくための装置に過ぎない。「みんな」のうちの一人である自分にもその装置はインストールされてるわけだけど、それにとらわれすぎることは実際、無意味なこともある。無意味なことが多い。

結局、最低限のルールを守っていれば、そんなに面倒くさいこと気にする必要はないんだ。それが自分の精神的なスタンス。

 

頭ではそう思ってる。

だけど、過分に常識とかを気にしてしまう自分がいる。小さい頃からの癖なんだろうな。一生そうなんだろうなと思う。

マナーとか常識とか、社会の大きな漠然とした枠組みに乗っかっていられるっていうのは、安全だし、無駄な抵抗しなくていいから、楽なんだろうなー。いい子でいれば叱られなくて済む。

 

アンチであるのも面倒くさいし、全て乗っかっていくのも面倒くさい。

反抗心を抱きつつ、表面上は迎合していく。ずるいやり方だけど、そう振る舞うのが自分のやり方なのかなーと思う。

 

『ハーモニー』伊藤計劃 を読んだ。

 

社会的なリソースとして自己の身体を維持することが徹底された世界において、健康的な生活を維持する装置を内面にインストールし、その運営を外部に依存した未来の話。

 

小説の筋とはちょっとズレてるかもしれないけど、そんなことを考えた。

 

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)